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2014年5月30日 (金)

「旧、日産本社ビル」

采女橋(うねめばし)の際には、かつて日産自動車の本社がありました。

つい最近まで、読売新聞社が社屋として使っていました。

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つい先ごろ、横を通ったら再開発の為、このビルが取り壊しになるそうで、フェンスが張られていました。

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三井不動産と鹿島が出資している会社が建主だそうです。

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小生がこの先の、中央一中(現、銀座中)に通っていた時には、もうあった建物ですから、少なくとも45年以上は経っている事になります。

一階のショールームには新型車が飾ってあり、銀座4丁目のショールームとは比べ物にならないほど、遥かに多くの日産車がありました。

「技術の日産」というキャッチフレーズもコマーシャルでよく聞きました。

中学時代には、フェァレディー Zやスカイライン、ブルーバードなどがカッコよく見えた物です。排ガス規制前後の、黄金時代の車たちでした。

今思えば、松竹セントラルの「マカロニウエスタン映画」の看板と共に、時代の最先端の車を見ながら毎日通学していた事になります。

新橋演舞場も建て替わり、東急ホテルも時事通信の本社になり、ここへきて旧、日産本社ビルも取り壊しになります。

2014aprno8_003

この周辺も料亭の数が減り、普通の光景だった「人力車」の置場も無くなりました。

S46125_no2

 昭和46年銀座。 (中央区フォトギャラリーより)


まだまだ、再開発の波はおしよせてきそうで、首都高も老朽化改善の手立てとして、高速道路の上の地上権と言う、訳のわからない権利を売ったり、貸したりして資金を調達するような話も出ているようです。

東京駅の丸の内駅舎の建設にも使われたシステムだそうですが、小生にはよく分かりません。

いずれにしても2020年のオリンピック開催に向けて、大型工事のラッシュになって来ているようです。

被災地の復興と言っておきながら、そちらには人手が不足していて、なかなか進まない現状を見ていると、東京の大型工事ばかりが目立つような気がします。

このビルの解体を目前にして、時代の変化をまざまざと感じました。

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