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2014年5月17日 (土)

「新川大神宮」

永代通りから南に一本通りを入った新川一丁目に「新川大神宮」があります。

ここは酒造メーカーや酒問屋が主な崇敬者になっています。

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この辺りは、深川の富岡八幡宮の神域なのですが、この神社の大祭日は昭和27年に再建された日に因んで10月17日だそうです。

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「新川大神宮」の縁起は、伊勢神宮の社僧、慶光院周清上人が寛永2年(1625)徳川二代将軍の秀忠から江戸代官町に屋敷を賜り、邸内に伊勢両宮の遥拝所として創祀したのがはじまりだそうです。

ですから、御祭神は、天照大御神と豊受大御神です。

その後、明暦の大火(1657)で類焼したので、霊岸島に替地を賜り万治元年(1658)に勧請し社殿を建てたそうです。

その頃から、河村瑞軒が隅田川に通ずる水路を開いて舟の出入りを容易にした為、土地の名を「新川」と称し、この社をを中心として酒問屋が多く集まり、江戸の酒類の一大市場となりました。

明治初年には「天祖神社」と改称した様ですが、昭和30年に今の「新川大神宮」に戻されたようです。

Photo

昭和初期の新川の酒問屋。(京橋図書館資料より)

もともとここは、酒問屋の信仰が篤く、第二次世界大戦で罹災後も、昭和27年に全国の酒問屋からの協賛を得て再建したといいます。

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珍しいのは、酒造メーカーや酒問屋の間には「新川締め」という独特な節の「手締め」が今でも残っているそうです。

「新川締め」とは、上方から樽回船により江戸に運ばれた「下り酒」をさばく「下り酒問屋­」に伝わる酒問屋独特の「手締め」だったそうです。

新酒の取引が成立すると、この「新川締め」をしながら酒を酌み交わしたようで、酒問屋の主人や番頭は朝から晩まで飲みっ放しだったそうです。

祭儀は、富岡八幡宮が執り行うようですが、「手締め」はすべて「新川締め」だそうで、「七五三締め」ともよばれているようです。

「神輿」が出る神社は「富岡八幡宮」のように有名ですが、この「新川大神宮」のような、ほとんどの崇敬者が特定の業界関係者の場合、地元にもよく知られる事は少なくて残念な事ですが、この「新川締め」という、独特の文化が現代にも連綿と継承されている事は、特筆されるべきものだと思います。

今度是非、「新川締め」と言う物を見て見たいと思いました。


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