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2014年4月15日 (火)

「江戸文字」に思うこと

一般的に、「江戸文字」とは、江戸中期の元禄時代以降、世の中が安定して来て、庶民が娯楽を楽しめるようになって来てから生まれて来た文字であると思っています。

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お客様の「弓張提燈」。上のマークは「神田」と読む。

肉太に書いて、白場(文字の白い余白)を極力少なく書くという、「白」を空席に見立てて、興行がいつも満員になるような気持ちを込めて書かれるようになりました。

歌舞伎や相撲などの文字も、「江戸文字」の範疇でありますが、小生の勝手な考えでは、「江戸文字」には2種類の潮流があると思っています。

興行で使われる上記の文字は、「文字」を見て、何の興行をやっているのかが分かる、いわば「業界専用」の書体と言う事が出来ます。

「家元」がいたり、専門の「書き屋」がいたりして、確立した興行ごとの文字のイメージを変えないように受け継がれて来た「業界専用文字」と言う事が言えると思っています。

対して、提燈屋や染物屋が使う「江戸文字」は、何の制約も無く、好きなようにアレンジができて、それが派生形である「ヒゲ文字」、「牡丹文字」、「角字」なども生んできたのでしょう。

この文字を見て、何かの業界を連想するとしたら、「鳶職」の人たち位だと思います。しかし彼らは、「庶民」だった訳で、特に一般の「印半纏」の文字と比べても、同じ様な文字と言う事が出来るでしょう。

ですから、一般庶民の中で使われているのがもう一方の「庶民の江戸文字」ということができるのではないでしょうか?

一説によると「相沢兼吉」という紺屋の方が、半纏などで使う文字を、「江戸文字」と呼んだ事から、提燈屋にも多く使われる文字を含めて用途に制限の無い庶民の方を「江戸文字」と言う様になったと聞いた事があります。

いずれにしても、小生も含めて職人が書く文字は染物屋や提燈屋が大いに使った文字であるという事が言えると思います。

色々と奥深い世界であるというのは、確かな事だと思います。

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