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2014年2月12日 (水)

「昭和30年代、初頭の祭」 と「築地公園」

戦後、10年以上経って、祭も本格的になってきましたが、まだ当時の波除神社の祭礼は、どこにでもあるローカルなお祭りでした。

氏子各町でも、町会の神輿が揃って来た頃です。

Photo_2

昭和31年(1956)波除神社。鳥居が今と違い、玉垣が綺麗に見えます。

鳥居に高張提燈が付いているので、祭礼期間中と思われます。

(京橋図書館資料より)

今の、京橋築地小学校の本願寺側には、「築地公園」があって、新大橋通りの喧騒が直接学校に響かないようになっておりました。

神社の祭礼があると、ここに縁日が立っていたようです。

No3

上の写真は、中央の屋台の後ろに「藤棚」があり、右側が新大橋通りで、その又右に「本願寺」がある。   (京橋図書館資料より)

Photo_3

これも、その上の写真の並びの屋台だと思われます。小生が小学校に通い始めた頃にはもう、ここでは縁日が無かったので、結構珍しく思いました。

(京橋図書館資料より)

No2

中央の木の向こう側が今の「つきぢ田村」。木の左奥にすべり台が見える。

昭和20~30年代の、旧築地小の関係者の方は、これがとても懐かしく思われるでしょう。 (京橋図書館資料より)

今の日比谷線のエレベーターの出入り口のあたりに、何かの記念碑が建っていて、そこがお旅所に使われたと、聞いた事があります。

ですから、築地公園に「縁日」がたっていたのも頷ける話です。

神輿の担ぎ方も装束も時代を感じさせます。

No

皆、頬っかむりで神輿に寄りかかって、担いでいます。

中央区役所の旧庁舎前だと思いますが、役所の入り口には祭礼の提燈が3個ぶら下がっているのが面白いです。

神輿は「築四」の駒に見えます。 (京橋図書館資料より)

この頃の祭礼は、高度経済成長が見え始めた頃で、子供も多くいて活気があったように見えます。

時代の変化と共に、祭礼も規制が多くなって、やりにくい面もありますが、今年も6月には、陰祭りではありますが、神輿とお歯黒獅子が出る予定です。

この50数年前の様な、おおらかな時代の「祭」も、もう一度やって見たいものです。

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