浅草寺 「魚がしの天水桶」
浅草寺本堂の前には、一対の天水桶が奉納されています。
昭和33年10月に「魚がし」の講で奉納されたもので、何回か修理を重ねて、今日の至っています。もう半世紀以上前のものです。
正面から見ると、いたるところに「丸魚がし」と「魚市場」の印型が表現されています。
装飾的な意味合いが強く、実用品では無くなっているようです。
正面の「魚がし」は、築地の「浜のや」、小林繁三氏の書で、提燈屋さんらしい江戸文字が書かれています。
この頃の「魚がし」は、景気も良かったようで、水産ばかりではなく、青果の方も各地に奉納品を見る事が出来ます。
丸魚河岸に魚市場、そして波柄の青海波(せいがいは)の模様が描かれ、金の装飾もあしらわれた豪華な「天水桶」です。
一度奉納したら、そのグループがやめない限り、「雷門の大提燈」と同じように、代々、修理しながらその場所に設置され続ける訳ですから、なかなか金銭面でも大変な事だと聞いています。
同じ様な桶は、成田山にもありますが、こちらは、当初飾られた場所から移動させられて、今は、茶店の裏側に移設されてしましました。
何となく寂しい気がします。
これも成田山ですが、天水桶の脇に「消火器」が置いてあるのも妙な感じです。
同じ魚河岸の講でも、奉納する団体が違ったりもしますので、柄が同じでも奉納者は全く同じではありません。
いずれにしても当時、「魚がし」からの奉納品は多岐に亘って行なわれていたようですので、ふと訪ねた所に「魚がし」の文字を見かける所があります。
築地では「講」も少なくなってしまい、これから先、この様な「奉納品」は続いて行くのかどうか分かりませんが、一時代を風靡した証の様な気がします。
他所の神社や、寺にも奉納品が数多くありますので、是非、みつけに行くのも面白いかも知れませんね。
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