「伊勢神宮、遷御の儀」
伊勢神宮の遷宮行事のクライマックスとなる内宮「遷御の儀」が今日10月2日に、また外宮「遷御の儀」は5日に行なわれます。
20年に一度、内宮の祭神「天照坐皇大御神」”あまてらし ますすめ おおみかみ” (一般的には天照大御神)と外宮の祭神「豊受大御神」”とようけのおおみかみ”に新しく建てた「新宮」に移っていただく為の、儀式です。
内宮正殿 (伊勢神宮HPより)
歴史は長く、飛鳥時代に天武天皇が遷宮を定め、持統天皇4年(609)に第1回が行なわれた記録があるそうです。
戦国時代に中断や延期が幾度かあったものの、約1300年に亘って行なわれている行事です。今回は第62回の式年遷宮となるそうです。
遷宮の行事 (伊勢神宮HPより)
20年に一度と言っても、正殿をはじめ、全ての建物や鳥居、橋まで架け替えるのですから、材料の「ヒノキ」の量も一万本を越えるそうです。
今回の遷宮では、史上初めて「ヒノキ」不足から、青森産の「アスナロ」が使われたそうです。(一部だと思いますが)
ただ、作り替えると言っても、古い材料を廃棄する訳ではなく、神宮内の摂社や末社、また、全国の神社の材料として再利用されるそうです。
また、内宮正殿の棟持柱は、宇治橋の神宮側の鳥居となり、その後、関の東の追分の鳥居となるそうです。
外宮正殿の棟持柱は宇治橋のおはらい町側の鳥居となり、その後、桑名の七里の渡しの鳥居となる習わしがあるそうです。
ですから、旧正殿に使われた材料は、次のものに形を変えて次々に使われていっています。伊勢神宮で使われた材料でしたら、建て替え中の神社でしたら、欲しがるのは当然と言った所なのでしょう。
外宮正殿 (伊勢神宮HPより)
伊勢神宮の正殿は弥生建築の「唯一神明造」と呼ばれる、「茅葺屋根に掘立柱建物」だそうで、白木が古くなると、「神の力」が弱くなり、新しい建物で「パワー」を新たにするということもあるそうです。
また、儀式に携わる神官も、建築に携わる職人も20年と言う間隔で、一生のうち、少なくとも2回はこの儀式を体験でき、のちのち正確にこの儀式を伝えられるという意味もあるのではないでしょうか。
写真撮影が初めて許可されたのが、昭和28年(1953)と言うのですから、この「20年」という間隔は、まさに的を得た年月と言う事になるのでしょう。
小生は伊勢神宮に3回行きましたが、五十鈴川に架けられた「宇治橋」は全て違う「橋」を渡りました。
最初は40年前の遷宮の時の最末期の「橋」、次は20年前に架けられた「橋」、そして今回の遷宮の為の「仮設橋」と、たまたま参宮した時期がこのようになったのでしょうが、面白い体験が出来ました。
4度目に行ったら今度はまた、新しい「橋」になります。「お伊勢さん」はやはり、「不思議な清浄感と見えないパワー」が漲っている様な気がします。
「式年遷宮」というこの機会に、1300年もの永い間、この儀式が連綿と続いて来た事の驚きと、天皇を中心に現代まで続いてきた「日本」という国の悠久の歴史を振り返って見て、この国の奥深さを改めて感じます。
「日本人」で良かった!と思いますね。また行ってみたいと思います。
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