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2013年10月29日 (火)

「雷門」の大提燈

浅草というと、浅草寺ですが、その入り口に「雷門」があります。

奉納は「松下電器産業」(現在のパナソニック)ですが、創業者の松下幸之助が奉納した事は有名な話です。昭和35年(1960)の事でした。

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三社祭の時の畳まれた状態の「雷門」の提燈


浅草寺の「雷門」は正式には「風雷神門」といって、向かって右に「風神」、左に「雷神」が祀ってあります。

雷門と言う文字が書かれた初めとしては、寛政7年(1795)が最初と言われています。

初代広重の絵に「志ん橋」と書かれた「雷門」の絵がありました。

Photo

(京橋図書館資料より)

江戸時代には何度か焼失して、その度に建て替えられていた様で、この時の奉納者が「新橋組合」だったのかもしれません。

通常は、一度奉納された物は、一度だけでなく、できるうちは恒久的に続く様で、今でも修理や、新調される場合でも、まず最初に現在の奉納者に「お声」が掛かるようです。

時代の変遷と共に、経済状況も「栄枯盛衰」が付き物ですから、同じ奉納者がずっと続く訳ではありません。

ですから、宝蔵門の「小舟町」や本堂の「志ん橋」は少なくとも、写真で分かるように、明治期から変わっていない事になる訳です。

Photo_2

明治末期の「宝蔵門」 「小舟町」と書かれた大提燈

Photo_5

明治末期の「本堂」 「志ん橋」と書かれている。

両方とも (京橋図書館資料より)

寺社に奉納される品々には、天水桶や天井板など奉納者や寄進者の奉納したい物もありますが、寺社側の希望もあるので、話し合いによって決められる場合もあるようです。

今、雷門の修復が行なわれていますが、完成したら、また見に行きたいと思います。

因みに、「雷門」の提燈は以前は670kgあったそうですが、江戸開府400年の時にひと回り大きく新調されて、700kgになったそうです。京都の業者が作ったそうです。

「雷門」は浅草のランドマークの様な存在ですが、「日本」のランドマークにもなっている様な気がします。

提燈ひとつとっても、面白い事がありますね。

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