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2013年8月27日 (火)

「呼び出し電話」

今から40数年前、築地小学校へ入学してから暫く経って名簿をもらいました。

「PTA会員名簿」と書いてあり、教職員や全校生徒の住所や、電話番号が載っていました。保護者の名前までも記載されていました。

Photo

旧、築地小学校。 

今の平成通り側からの画像で、都電の線路がまだある。

               (京橋図書館資料より)

電話番号の欄に、番号の後に ”(呼)○○方 ” と言う文字が書いてある生徒が何人かいました。

何かと思って母に尋ねると、「電話が無い家(ウチ)は、近くの電話のある家で、呼び出してもらうんだよ。」と言われました。

学校の連絡網はこの名簿の順番で行っていました。

当時は、まだ商売屋でない家は、固定電話の無い家が多かったのです。

Kurodenwa

ダイヤル式の黒電話   (Wikipediaより)


携帯電話など「夢のまた夢」の時代でしたし、家に電話を引くのも、高額の電電公社の債券を買わなければ電話が引けませんでした。

電電公社とは、「日本電信電話公社」と言う、国が直轄で運営していた3公社のひとつで、国鉄、専売公社と並び”電話と電報”を主に扱っていた企業体でした。今のNTTの前身です。

ですから、まだ電話を引いてない家は、近所の電話のある家の所有者にことわって、名簿に「 (呼) ○○方 」と記載させてもらっていたという訳です。

電話がかかってくると、電話の所有者が、「○○さん、××から電話だよ!」と言って呼んでくれ、その家に行って電話を借りて連絡を取っていました。

近所付き合いがまだ濃密な時代でしたので、こんな事が当たり前に行われていました。

「 電話を ”引く” 」という表現も、電柱から電話線を家に引き込んでいた頃の話なので、当たり前に使う表現です。

当時の電話機はダイヤル式の丸い穴の中に1~0まで順番に数字が並んでいた物を使っていました。数字の書いてある穴に指を入れて、掛けたい番号を右に順番に廻して掛けていました。

Kurodenwa2

壁掛け式の黒電話   (Wikipediaより)


1だと右に廻してから元に戻る時間が短く、0だと長い訳で、商売をしている家は、なるべく若い数字の電話番号を取りたがっていたようです。

ですから、大企業の代表電話は今でも「(局番+1111)」という電話番号が多いという訳です。

「局番」と言う言葉も、管理していた地区の電話局に与えられていた固有の番号でしたので、局番を見ると、だいたいどの地域の電話か分かった訳です。

商売屋は、当時まだ高額の債券を買って電話を引いていたので、電話=信用という世の中の風潮があり、語呂合わせの良い番号も競って取っていた様です。

肉屋だと「1129」は”いい肉” 花屋だと「4187」は”よい花”に繋がり、顧客に憶えてもらう「ツール」としての電話番号がありました。

今や、携帯電話が普及して、固定電話の価値も、語呂合わせも要らなくなりました。

学校の会員名簿も「個人情報保護法」によりクラス単位のものも無くなりつつあるようです。学年が変わると回収する所もあるようです。

同じクラスの生徒でも関心がなくなって、付き合いが希薄になり、何だか少し寂しい時代になってきているように感じます。

「電話」ひとつにも、時代を感じるエピソードです。

 

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