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2013年8月22日 (木)

「人力車」

新橋演舞場周辺から、築地にかけて料亭があります。

お座敷に声が掛かると芸者さんが人力車に乗って出掛けて行きました。

Photo

銀座7丁目 新橋組合に集まる人力車。

ここから車夫が置き屋や自宅に芸者衆を迎えに行く。

よく見ると、駐車禁止の横の看板に「人力車を除く」と書いてある。

時代が感じられて面白い。

(京橋図書館資料より)

浅草や鎌倉、京都の嵐山などでは”二人乗り”の人力車が観光客をのせて走る光景を見る事ができます。

小生の小学校低学年の頃、町内に芸者さんが住んでおり、友達と遊んでいると、”一人乗り”の人力車が迎えに来ておりました。

綺麗な着物を着たお姐さんが身支度を整えて人力車に乗りこんで出掛けて行きました。座席の廻りには、「幌」(ほろ)が付いているので、乗った人は見えません。

ときどき、支度に時間が掛かるような時に、小生を含めてその場で人力車に乗せてくれる時がありました。(走りはしませんが、、、)

子供心に高い視点からみる景色は、いつも遊んでいる路地を別の世界にしてくれました。芸者さんが出てくると車夫のサービスは当然終了です。

直木賞と芥川賞を選ぶ会場になっている築地の料亭「新喜楽」の裏では時々、芸者さんを見る機会がありました。

1962

 右が新喜楽の裏口。昭和37年。

(京橋図書館資料より)

新喜楽のすぐそばにも人力車の車庫?がありました。

1957_2

今の築地社会教育会館の前。昭和33年。

(京橋図書館資料より)

小生の子供の頃の築地は、大まかに分けて、1~3丁目が銀座の隣で、役所や警察署、郵便局の本局もあり、料亭をはじめとする文化的な色あいのある落ち着いた街、4丁目が場外市場がある商売の町、5丁目は場内市場が中心、6,7丁目(旧、小田原町1,2,3丁目)は食品の加工場や市場関係に勤める従業員の住まいという町の表情がありました。

今では本願寺と場外市場、場内市場という観光的な色分けだけしか無いような気がします。チョット寂しい気がします。

料亭や芸者さん達も減り、昔の情緒はあまり感じられなくなりましたが、歌舞伎座が新しくオープンしたり、外国人の観光客が多く訪れ、「江戸情緒」も見直されています。

築地もその「江戸情緒」発信地のひとつとして、この土地の良さを活かして行ければ良いと思います。

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