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2013年8月 9日 (金)

「金春通り」 こんぱるどおり

銀座8丁目に「金春通り」があります。銀座通り(中央通り)から一本西側に入った通りです。

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一昨日まで、「能楽金春祭り」が開催されていました。

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毎年、この時期になると、金春通りの路上で、「能楽」が演じられます。

千年もの歴史がある「奈良金春」独特の「能」の番組を演じるそうで、「延命冠者」(えんめいかじゃ)、「父尉」(ちちのじょう)、「鈴の段」(すずのだん)、「弓矢立会」(ゆみやのたちあい)の四番組が舞われたそうです。

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もともとこのあたりは、徳川幕府直属の「能役者」のうち「金春家」に与えられた屋敷跡で、のちに「金春家」が麹町善国寺谷(麹町3・4丁目)に移転した後も、跡地に芸者が集まり、花街として発展していき、「金春芸者」と言われるようになりました。

「金春芸者」と「新橋芸者」は同じで、幕末から薩長をはじめとする、新政府の要人に気にいられて隆盛を極めました。

金春通りには、屋敷跡から出土した煉瓦街の遺構が、煉瓦積みの記念碑となって保存されています。

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煉瓦街とは、明治の初期に国家予算の4%近くを費やして作った世界にも珍しい規模の「煉瓦の街」の事です。

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当時の煉瓦街を描いたレリーフ。


この通りには「金春屋敷」に因んで、「金春湯」という銭湯が明治以来営業しています。(銀座にはもう一つ公営の銭湯があります。)

今では少なくなったでしょうが、銀座の料理屋、寿司屋の主人や、芸者たちも開店直後の風呂に入って、体を清めてから職場に向かっていたそうです。

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「金春湯」は、文久3年(1863)に開店した都内でも屈指の歴史ある銭湯です。

ここの主人とは、地元の銀座中学校(旧、中央一中)の同級生で、「のれん」も作っています。

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大正10年(1921)の金春湯。 (京橋図書館資料より)

銀座8丁目の夜のネオン街は、何といっても「クラブ」ですが、最近は空き地も目立つようになって、昔の煌びやかさが減り少々寂しさも感じますが、一方で「俺の○○」には長い行列ができるほど賑わっています。

400年以上の歴史を持った街ですが、この先もどんどん変化して行くでしょう。

しかし、「金春通り」のように、忘れられてしまいそうな街の歴史が、どんな形にせよ、名前として残って行くのはとても良い事だと思います。

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