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2013年5月20日 (月)

「魚がし」の大提燈

川崎大師や成田山では「魚がし」の大提燈が掲げられています。

Photo

(川崎大師の大提燈)

昭和30~40年代、「魚がし」では「講」が盛んに行われておりました。

小生が思いつく所だけを挙げてみても、水神を祀る「神田明神」はもとより、「浅草寺」、「赤坂の豊川稲荷」、「川崎大師」、「成田山」、「大山阿夫利神社」、「高尾山」、「小田原道了尊」、「中野の新井薬師」、「秩父の三峯神社」、「長瀞の寶登山神社」、「栃木の出流山満願寺」、「栃木の古峯神社」などがあります。

「魚がし」と書かれた大提燈が掲げられているのは、愛知の「豊川稲荷」「川崎大師」「成田山」そして金属製の「浅草寺」の宝蔵門に掲げられた物があります。まだあるかもしれませんが、、、。

Photo_2

(川崎大師)

Photo_3

(成田山 新勝寺)

大提灯の底には、大抵「龍」の彫刻が見られます。

揮毫(きごう)”書いた人”は成田と川崎、浅草寺は場内の浜の屋さんと聞いております。

今は提燈屋ではありませんが、当時の御主人はとても「字」が上手かったそうで

成田山の提燈はその方が現場で書いたと言う逸話も聞いております。

いづれにしましても当時は江戸から続く「魚がし」の気風の良さと信仰心、そして連帯の強さを感じます。

今ではなかなかこの様にはゆきません。「講」も数が減り、「講員」も年配者が多くなりました。

当然、修理もしなければなりませんし、「講」が無くなれば、「大提燈」も降ろさなくてはならなくなります。

豊洲移転を見据えて、どのように変わって行くのでしょう。

当時の事を少しだけ知っている身としては、今後を見守って行きたいと思います。

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コメント

お恥ずかしい限りです。世界一の築地をみすみす、捨てるなんて。
そして、世界一の豊洲毒市場つくるなんて。。。

そうですよ。日本橋魚河岸・築地魚河岸。。。講があり、皆さん連帯してたんです。
良いのでしょうか。平成の民!! 

微力ではありますが、日本文化・食文化を守るために、協力させていただきます。
弊社(電通)も狂ってます。スンマセン。
東京で一番危険な場所にオリンピック招致することに関与して。(呆)(泣)(怒)
毒市場・液状化競技場、ホテル、選手村そして放射能汚染。。。
最低のおもてなしです。

鈴木様、コメント有難うございます。豊洲への移転計画、色々ありますね。小ブログは自分が育ってきた、「築地」という地域の文化と、小生が聞きかじった他地域との繋がりを書きとどめておこうという気持ちで書いており、政治的な意味合いはありません。魚がしとのお付き合いの中から、外側から見た視点で書いておりますので、今後も気軽に御笑覧ください。

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