「屋号」 と 「荷印」
「屋号」は江戸期、商店にはありましたが、まだ庶民が苗字を持っていない時代、○○屋は主に店主の出身地(当時の藩名)、越後屋、近江屋、相模屋等、の下に当主の名前を付けておりました。時代劇でもお馴染みですね。
明治以降苗字を持つようになり、同じ地域に同じ苗字の人が沢山できてしまったので、それを区別する為、今でも「屋号」を付けて呼んでいる地域があります。
「号」はお寺にもあります。○○山 ○○寺などというのを見た事があるでしょう。あれは、山号(さんごう)、寺号(じごう)と言います。また、書道などで師匠からいただいた名前を「雅号」(がごう)と言います。
今では単に「屋号」=「店名」という形で使われています。
「荷印」は個人を特定して長い名前を憶えるより「マーク」を言った方が早いので、色々工夫され、今日に伝わっております。古いお店では看板で見かけますね。
「かね」は「さしがね」とも呼ばれる直角を測る大工道具です。
プロ野球でも昔の太洋ホエールズの親会社であった太洋漁業のマークが「○」に「は」でマルハ。今のマルハニチロの昔の「荷印」です。
キッコーマンは「荷印」がそのまま社名になっています。キッコーとは亀の甲羅の形を荷印にしたものです。ですから、亀甲の中に「萬」ではない字が入っていても決してまがい物ではないということです。
△は魚のウロコを表したもの。●は家紋にもあるように星を表しています。山は何種類かあります。
いずれにしても今のように流通が未発達の時代には、出荷する時、荷主は相手に自分がはっきりわかるように書きやすくて呼びやすい荷印を使っていた訳です。
墨で何でも書いていた時代、それは大事な事でした。
築地でも魚の入っている発泡容器に荷主の屋号の前に荷印が入っております。荷印を言うだけで、どこの産地のどこの荷主かすぐに分かる訳です。
うちでも、のれんや提燈、千社額、感謝状に今でもよく書いています。荷印はお客さんをそのまま表すものなので、山のものは特に気を使います。
ですから、現代でも会社のロゴマーク(荷印)は社名よりもその企業をいち早く認識させ、企業イメージをも表す大事な物なのです。
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