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2013年4月30日 (火)

「駄菓子屋」

「駄菓子屋」は子供のたまり場でしたね。

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駄菓子問屋の画像

親と一緒の小さい子供から、小学生迄いつも賑わっていました。

お金の使い方を「駄菓子屋」で学んだという人も沢山いるでしょう。

必ず買う訳ではなく、ちょっとした友人との待ち合わせ場所みたいな感覚でした。

まだ「ガチャガチャ」など無い頃の世代なので、あまり「駄菓子屋」で熱くなったものもありませんでした。

「お菓子屋」には置いていない物を売っていたのが「駄菓子屋」です。逆に言えば、大人が買わない安い物を売っていたのが「駄菓子屋」でした。今では大人が懐かしさで喜んで買っていますが、、、。

メーカー品は勿論ありませんでした。もっとも子供の小遣いで買える物なので当たり前です。

もっと詳しく知りたい方はこちらhttp://homepage1.nifty.com/nekocame/60s70s/dagashi/dagashi1.htm#kuppi

ふ菓子は有名ですが、今より「鮮やかな紫色」で「チクロ」という添加剤が問題になり、親から禁止されました。口の廻りや舌が紫色になるので、面白がって食べていましたがそれ以来食べなくなりました。

安いおもちゃも品ぞろえが豊富でしたので買わなくても楽しめましたが「おばちゃん」の目が光っているので、そうそう何も買わずに行くのは子供心に後ろめたい感じでした。

「駄菓子屋」は下町の町内にいくつかありましたが、近所の店に行くのが普通でした。よその町内は違う学校の子供がいるので、何となく行きずらかったですね。

小生よりずっと上の先輩たちも同じことを言っておりました。見えないテリトリー意識があったのでしょう。

プラモデルも流行り始めていましたが、近所の「駄菓子屋」にはありませんでした。50円の「サンダーバード」のプラモや「キャプテンスカーレット」のキャラクターものは、文房具屋で売っていましたので、町内で使い分けができました。

それでも在庫が無いレア物の入手には、子供の情報網を駆使し月島に自転車で遠征してまで 買いに言った覚えがあります。

中学に上がると自然に足が遠のきました。「駄菓子屋は子供の行く所」みたいな少し大人感覚になったからなのでしょう。

そんな子供の社交場も今ではほとんどなくなりました。やはり懐かしいですね。

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