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2013年3月24日 (日)

「三井 親和」 みつい しんな の書

あまり聞いたことの無い人ではないでしょうか?

江戸期、元禄時代に産まれ、深川に住み、後に彼の書が江戸で大流行したということです。

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(江東区HPより)

 現在の江東区砂町の氏子が奉納した、現存する「三井親和」書の幟。

祭礼の大幟です。太い字はどこかで見たことがある方もいるでしょう。

三井親和は、故郷の長野県、諏訪大社秋宮、またその周辺の神社にも幟に墨跡を残しており 多くの江戸の神社の大幟の字を彼独特の”篆書”(てんしょ) という書体で残しています。

また、「親和染め」という、彼の篆書を染め抜いた手拭も大流行したそうです。

深川に住んでいたことから、富岡八幡宮の提燈にも上と同じようなものをみかけます。

彼に関する本 「江戸に旋風 三井親和の書」(信濃毎日新聞社刊)によりますと、信州、諏訪に産まれ、深川を愛し、「江戸名所図会」や「東都歳時記」などにも彼の幟がのっています。烏森神社の名前も見ることができます。 墓所は深川にあります。

佃の住吉神社の大幟も彼の書だと思います。(私見ですが)違っておりました

なぜ、こんな難しい事を書いたかというと、あるお客様の神社幟の注文で、「八幡さんとか住吉さんみたいな字で作れないか?」というリクエストをいただき、色々調べるうちに、彼に行きつき、興味深く、凄い人物であることが分かってきたのです。

「なんたって江戸時代の人の字がいまだに、何度も写されて現役で使われている。」って、とても有り得ない事だと思いました。

勿論、彼の足元にも及びませんが、精一杯 「○○稲荷」 と文字を書き、大幟を作らせていただきました。

とても勉強になりました。

三井親和は、幟の字ばかりではなく

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このような作品や

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(国立博物館蔵)

色々な書体による作品なども手掛けていて、オールマイティーな書家であったことがうかがえます。

地方にも扁額などがあるそうです。

何となく、凄いんだけど、寡黙な下町の好々爺だったような気がします。

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